幼児期の感覚的な「具体と抽象」を拠り所として、小学校において厳密な「具体と抽象」へと足取りを進める際、「その方法は?」「順序は?」どうすべきかということが議論になります。低学年では「具体」を中心に、様々な教具などを用いて「厳密」へと接近していきます。繰り上がりのあるたし算での数図ブロックの操作などは、その典型的なものです。ただし、こうした教具などを用いた学習を行っていても、どうも厳密に接近できていないなあと感じる子どもが見受けられます。具体が今解いている問題にだけ通用していて、新たな問題ではまたスタート地点の0に戻ってしまうような感覚です。それは、感覚的な具体と厳密な具体との間のギャップがとても大きいと感じる子がいるということにほかなりません。
 私は、この要因が、両者の間に位置する「確信としての具体」の育ちの有無にあると考えています。確信としての具体とは、数字でいえば1の次には必ず2、2の次には必ず3が来るというものです。これは、何度も数を唱(とな)えるという活動によって鍛えられていきます。たとえば、お風呂で「30まで数えたら出ようね」といったものです。歌のように1から30までの数を唱える繰り返すことで、1の次には必ず2、2の次には必ず3という確信としての具体が構築されていきます。さらには、「今日は50まで数えよう」と言われて、「そんなに長いこと入るの?」といった会話を交わすことで、数の大小関係にも確信としての具体が身についてきます。家庭や園でのこうした活動の強弱が、小学校での算数の学力に大きく影響を及ぼしていると感じています。幼児期の絵本読みや遊びなどにおける大人を困らせるほど繰り返しを好む傾向は、確信としての具体づくりの要(かなめ)なのかもしれません。
 次回は、小学校高学年における厳密な抽象について書きます。

投稿者プロフィール

黒田恭史
黒田恭史
大阪教育大学卒業,大阪教育大学大学院修士課程修了,大阪大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。
大阪府内の公立小学校勤務8年の後,佛教大学専任講師,助教授,准教授,教授を経て,現在,京都教育大学教育学部教授。
京都教育大学では,小学校教員養成,中・高等学校(数学)教員養成に従事。近年の研究テーマは「数学教育と脳科学」の学際的研究。

小学校勤務時代,クラスで豚を飼うといった取り組みを3年間実践。フジテレビ「今夜は好奇心」にて1993年7月放映。第17回動物愛護映画コンクール「内閣総理大臣賞」受賞,第31回ギャラクシー賞テレビ部門「ギャラクシー奨励賞」受賞。

著書に,「豚のPちゃんと32人の小学生」(ミネルヴァ書房),「脳科学の算数・数学教育への応用」(ミネルヴァ書房),編著に「数学科教育法入門」(共立出版)などがある。