算数・数学授業では、これまで問題解決学習の授業形式が、長らく主流を占めてきました。問題解決学習とは、「問題提示→自力解決→集団討議→類題・応用問題→まとめ」という一連の学習過程を指します。
 一方で、市川伸一氏らは、問題解決学習の「自力解決→集団討議」の段階で、置いてきぼりを食らう子どもたちがある一定数いることを問題視し、「教えて考えさせる授業」を提唱しました。教えて考えさせる授業とは、「教師の説明→理解確認→理解深化→自己評価」という学習過程を指し、それらは習得のサイクルから探究のサイクルへとつながっていくものであるとしています。これに対して問題解決学習の立場からは、「教師の説明→理解確認」の過程が教え込みとなってしまい、子どもの学びの場面がないとの批判がなされています。
 この対立構造は、かなり長きにわたって続いてきたのですが、改めて私なりに両者の差異と共通点を考えてみることにしました。その背景には、算数・数学の授業においては、ICTを授業全体を通して活用することが少なく、どちらかというとピンポイントでの活用が多いということの疑問に応えるということがあります。こう書いても、なかなか意図が伝わらないと思いますが、続編で少し見えてくるかと思いますので、論を進めていきたいと思います。
 まず、両者の差異についてですが、これは「思考の飛躍」と「概念の定着」の順序が異なることです。
 問題解決学習では子どもの算数・数学概念獲得における「思考の飛躍(ジャンプ)」のタイミングを授業の前半部に持っていきます。つまり、「自力解決→集団討議」のプロセスに山場があります。したがって、授業研究においても、教師と子どものプロトコル(発話記録)が重視され、子どもの掛け合いと、教師の介入・援助との関係が、思考の飛躍にどう作用したかに着目します。そして、こうした活動がひと段落すると、後半部の「類題・応用問題→まとめ」で問題解きをすることで「概念の定着」が図られます。
 教えて考えさせる授業では子どもの概念の定着を授業の前半部に持っていきます。つまり、「教師の説明→理解確認」のプロセスがそれにあたります。ここで、同一問題に一緒に取り組み確認作業が行われることで、概念に対するしっかりとした定着がいったん図られます。そして、後半部の「理解深化」では、類題に取り組むというよりは、自分なりのわかり直しが求められます。教師の説明で一応は納得し、問題は解けたけれども、新たな問題に取り組む過程で自分なりの捉え方の再構築が行われるわけです。すなわち、既存の知識とのすり合わせも含めて「思考の飛躍」がこの段階で生じることを狙っているわけです。
 一方で、両者の共通点についてですが、算数授業全体を通して、いずれもが、「思考の飛躍」と「概念の定着」を目的としている点です。つまり、指導の順序は違えども、目的はほぼ近いところにあるということです。

投稿者プロフィール

黒田恭史
黒田恭史
大阪教育大学卒業,大阪教育大学大学院修士課程修了,大阪大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。
大阪府内の公立小学校勤務8年の後,佛教大学専任講師,助教授,准教授,教授を経て,現在,京都教育大学教育学部教授。
京都教育大学では,小学校教員養成,中・高等学校(数学)教員養成に従事。近年の研究テーマは「生成AIを用いた算数・数学教育」。

小学校勤務時代,クラスで豚を飼うといった取り組みを3年間実践。フジテレビ「今夜は好奇心」にて1993年7月放映。第17回動物愛護映画コンクール「内閣総理大臣賞」受賞,第31回ギャラクシー賞テレビ部門「ギャラクシー奨励賞」受賞。2008年には『ブタがいた教室』として映画化。

コロナ禍の中で、日本語及び多言語に対応した算数・数学動画教材約3,300本を制作・公開した取り組みにより、2022年第7回IMS Japan賞優秀賞受賞、2023年第3回SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞(教育の部)受賞、2023年日本民間放送連盟賞(特別表彰 青少年向け番組)最優秀賞受賞した。

著書に,「豚のPちゃんと32人の小学生」(ミネルヴァ書房),「脳科学の算数・数学教育への応用」(ミネルヴァ書房),編著に「初等算数科教育法序論」(共立出版),「オリガミクスで算数・数学教育」(共立出版)などがある。