「数学授業で間違った図を示して生徒の試行錯誤を促そうとすることの教師の傲慢さに対する自覚」をタイトルに、FBにアップしました。皆さんから様々なコメントをいただき、自身の考えを深めることにつながりました。その上で、概念形成過程における対比活動と批判的思考活動の峻別が、一つのポイントになるのかなあと感じるようになりましたので、説明していきたいと思います。
算数・数学の授業の中で概念形成を目的とする際、対比(間違った概念の提示も含めて)は、概念の輪郭や境界を明確化するうえで、重要な活動であると考えています。例えば、小学校2年生で三角形を学習する際は、様々な三角形の提示とともに、頂点が丸い形の図形や、頂点が閉じていない(開いた状態の)図形などが並行して示され、三角形と三角形でない図形を、対比を通して分類していきます。ここでの三角形以外の図形の提示は、三角形の概念の理解の深まりを企図して行われるものです。
様々な情報が氾濫する中から、正しい情報を正しく読みとり、論理的な解釈をもとに判断していく能力として、批判的思考力がありますが、近年ではこの教育的意義が論じられています。批判的思考力を教育で取り上げる際のポイントは、誤った情報をどう教育の中で取り上げ、子どもたちにどのような働きかけを行い、そしてどのようなやり取りを行うことが批判的思考力の育成につながるのかを検討することだと思います。
ただ、批判的思考力を、概念形成の段階で行うのは少々難しいと思いますので、現時点では対比と批判的思考力を峻別して議論していくのが妥当ではないかと思います。
ところで、現在の日本の算数・数学の教科書には、批判的思考力を真正面から取り上げた内容は極めて少ないように思います。筆算で間違っているところがあるので、見つけて正しく直しましょう的なものがちらほらあるだけです。上記の三角形の内容は、三角形と三角形以外に分類するということで、批判的思考力とは違います。つまり、算数・数学の教科書の中に出てくる問題は、解答に必要な情報が過不足なく提示されているのであって、過剰な情報を与えて取捨選択するといった内容はほとんどないということになります。
各教科においても本気で批判的思考力を育てていくとするならば、こうした教科書の内容をも含めて検討する時期に来ているのではないかと思います。
投稿者プロフィール
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大阪教育大学卒業,大阪教育大学大学院修士課程修了,大阪大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。
大阪府内の公立小学校勤務8年の後,佛教大学専任講師,助教授,准教授,教授を経て,現在,京都教育大学教育学部教授。
京都教育大学では,小学校教員養成,中・高等学校(数学)教員養成に従事。近年の研究テーマは「数学教育と脳科学」の学際的研究。
小学校勤務時代,クラスで豚を飼うといった取り組みを3年間実践。フジテレビ「今夜は好奇心」にて1993年7月放映。第17回動物愛護映画コンクール「内閣総理大臣賞」受賞,第31回ギャラクシー賞テレビ部門「ギャラクシー奨励賞」受賞。
著書に,「豚のPちゃんと32人の小学生」(ミネルヴァ書房),「脳科学の算数・数学教育への応用」(ミネルヴァ書房),編著に「数学科教育法入門」(共立出版)などがある。