小学6年生の「分数のわり算」の指導では、子どもたちの中に塾などで先にその内容を学んだ子どもがいないということを前提に授業が設計されることがあります。この意味は、学んだことがない子どもを置き去りにするという意味ではありません。塾で先に学んだことを封印させることを前提とした授業が設計されるという意味です。
 不用意にも、「わる数の分母と分子をひっくり返して、分母同士、分子同士をかけたら解けるよ。」などと誰かが発言しようものなら、「ではその意味を皆の前で説明してください。」と切り返してやるぞといった、戦闘モードで授業に挑もうとする先生もおられます。塾を推奨するつもりはありませんが、封印するところから得られるものはあまりありません。塾を封印すればするほど、子どもの学校に対する信頼度は下がるのではないかと思ったりもします。
 ではどうすればよいのか。授業の早い段階で、塾での学習レベルにまで持っていくことが大切であると考えています。具体的には、「分数のわり算では、わる数の分母と分子をひっくり返して、分母同士、分子同士をかけることで求めることができます。まずは練習問題を数問やってみましょう。」といった具合です。そしてある程度技能が習熟した段階で、「ではなぜそのようにすれば、分数のわり算は計算できるのでしょうか。今から、その理由を考えましょう。」で意味理解につなげていきます。それでも、いわゆる「ペンキ図」での分数のわり算の解説はかなり難解で、先生も説明の途中でよく勘違いしたりしてしまいます。
 私が何故そのように考えるようになったかというと、分数のわり算の意味理解が、どうも塾で先取り学習している子どもの方が高いと感じたからです。すなわち、塾で計算技能に対する絶対的な正解を獲得したうえで、学校での意味理解を付加していく方が、「ああ、なるほどね。そういう意味ね!」といった納得につながると考えるからです。もちろん、塾に通い続けることでの「学力」の高さなども理解の程度に影響するのでしょうが、大人であっても、解答に対する安心を得てから、その理由を教えてもらう方が、ドキドキしないで学べますので。
 コンピュータ操作を教えてもらう場合でも、あれこれ「正しい理屈」をいっぱい説明してから操作を教えてくれるよりも、操作を一通り教えてくれてから、後で、実はこの仕組みはねの方が、断然いいですからね。

投稿者プロフィール

黒田恭史
黒田恭史
大阪教育大学卒業,大阪教育大学大学院修士課程修了,大阪大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。
大阪府内の公立小学校勤務8年の後,佛教大学専任講師,助教授,准教授,教授を経て,現在,京都教育大学教育学部教授。
京都教育大学では,小学校教員養成,中・高等学校(数学)教員養成に従事。近年の研究テーマは「数学教育と脳科学」の学際的研究。

小学校勤務時代,クラスで豚を飼うといった取り組みを3年間実践。フジテレビ「今夜は好奇心」にて1993年7月放映。第17回動物愛護映画コンクール「内閣総理大臣賞」受賞,第31回ギャラクシー賞テレビ部門「ギャラクシー奨励賞」受賞。

著書に,「豚のPちゃんと32人の小学生」(ミネルヴァ書房),「脳科学の算数・数学教育への応用」(ミネルヴァ書房),編著に「数学科教育法入門」(共立出版)などがある。